ねこよくばり庵。

のんびり、だらだら、それなりに。英語もできないのに外資系金融でいきてます。

材料が揃ってから、悩もう。

実家の母と話していて、ふと感じたこと。

なんとまあ「いま考えなくて良いこと」「いまの材料では判断できないこと」に対して考え込んでいるのが多いこと。自分の母親ながら、かなりびっくりしました。

例えば、持っている不動産を売って、別の不動産を買おう、ということをやろうとしたら、

 

  • 現在保有している不動産を売却して、最終的に手元にいくら現金が残るのか
  • 残った現金をもとに別の物件を買うとして、いくらあればどこにどの程度の物件が買えるのか
  • 買おうとしている物件の収益性をどのように考えれば良いか

 

くらいの情報が必要なわけで、それは素人にはわからないので複数の不動産屋さんとコンタクトをして数字を出してもらう必要がある。

こういう情報が手元に全くないにもかかわらず、「更地に戻すにはお金がかかるし」「いくら残るかわからないし」といまから心配していて、全くもって時間のムダだなあと。

同じようなことがたくさんあって、「それいま考えても仕方ないでしょ」っていうことに対してくよくよしたり、行動しない理由をたくさん並べたり、サンクコストのことをいつまでも考えたりしているのが本当に多くてびっくり。

こうやって人は悩むんだなあ、と思ったりもしたけれど、やらなきゃいけないことは判断材料がないことについてグズグズ考えるのではなく、判断材料を集めるために必要なリソースをフル活用すること。情報が揃ったところで、定性的(エモーショナルな部分も考慮)・定量的に判断したらよろしい。

 

そして、さらに思ったのは、プロセスと結果がごちゃごちゃになっているということ。ある結果を求めて何かを保有しているのだとして、でももっと低コスト(プロセスや精神的なものも含む)で同じ結果が得られるのであれば、それは明らかに採用する手段を変更するべき。プロセスそのものが目的のように(本当はその結果が欲しい、もしくは結果を失いたくないだけなのに)考えてしまうと、いろんな判断を見誤るのは自明の理。変更する際のスイッチングコストも含めて、判断材料を集めて最終的に決めれば良いことだから、何もする前から悩む必要って全くないわけです。

 

ただ自分の性格なのか、もしくはビジネスの最前線にいるからそう思うのか、ここまでの合理性を自分の母親の世代に求めるのはちょっと酷なのかなと。母には、お金を出して大学を出してやって、この程度のの知恵はうちの娘にも付いたのだな、と思って色々実行して欲しいな。

 

しかし今年70歳になった母、「年取ったらいまの戸建には住めないね」と言ってたが、いやもうあなた年取ってるよ、と言ったら笑ってました。そりゃそうだ、娘が今年40だからね、お母さん(笑)。